2017年5月20日。さつき(長女)が肺出血により吐血しました。

 

動脈管という心臓の血管が悪さをしているということで、大きな病院に転院して動脈管開存症の手術をしてもらうことになります。

 

↓動脈管についてまとめています↓

関連:動脈管開存症って何?

 

私も出産して日が浅いのですが、さつき(長女)の手術に合わせて退院することになります。

 

この記事では動脈管の手術に至るまでのことについて書いていきます。

 

目次

  • さーや退院の日
  • いざ手術の説明を聞きに…
  • さーやとしらす、手術の説明を聞く
  • まとめ

 

さーや退院の日

2017年5月20日。さつき(長女)が肺出血しました。さつき(長女)は23日に大きい病院に転院して、動脈管の外科的手術を受けることになります。

 

また、23日に手術を受けるにあたって、『前日の22日に一度大きい病院へ行って手術の説明を聞き、そこで同意書にサインをしてきてほしい』ということを先生から聞きました。

 

つまり私は21日か22日に退院して、大きい病院へ説明を聞きに行くことになります。

 

22日が月曜日で平日になるので、通常であればその日に退院となり、そのまま手術に説明を聞きに行くのですが…。

 

『退院したその日に2か月間入院した大量の荷物を持って大きい病院まで行くなんて絶対嫌だ!』という強い意志の元、21日の日曜日に退院日をずらしてもらいました。

 

妊娠して入院し、転院に転院を繰り返して出産を迎え、ようやく退院。怒涛の2カ月入院生活を送ったのでちょっと1日だけでも休みたかったのです。

 

↓怒涛の2カ月についてまとめてある記事です↓

参考:妊娠から出産までのまとめ

 

そして21日。子ども達よりも先に退院しました。病院を出る前にNICUに立ち寄り、子ども達の様子を見に行きます。

 

早産児,未熟児早産児,未熟児

 

すやすやと眠っていました。

 

私『先に退院するけど、すぐにまた来るからね』

 

私と娘たちはしばらく離れ離れになりますが、さつき(長女)とめい(次女)もしばらくは別の病院で過ごすことになります。本人たちは生きることに必死でそんなことはどうでもいいんだろうけれど、『双子だし、離れ離れになることが感覚的にわかるのかな…』なんて二人の顔を見ながら思うのでした。

 

それは二人にしか分からないこと。私が考えても結局はわからないんですけどね。

 

そして退院し、病院を出ました。

 

私は帝王切開の傷がまだまだ痛むため自宅には戻らず、実家に帰ることにしました。

 

これからは実家で搾乳を中心にした生活を送ることになります。

 

↓搾乳応援の記事です。搾乳に困ってる方はぜひご覧なって下さい↓

関連:さく乳応援!電動搾乳機は手放せない


いざ手術の説明を聞きに…

その翌日の22日。さつき(長女)の手術の説明を聞きに行く日がやってきました。

 

仕事が休みのしらすパパが実家まで迎えに来てくれます。そして私はしらすパパの車に乗り込み、いざ手術の説明を聞きに大きい病院へ。

 

実家から病院までは高速道路を使って1時間ちょっと。しらすパパは快調に車を運転しています。『親になったんだねー』『生まれてからも試練続きだねー』みたいな話を割と気楽にしていたと思います。

 

そして病院へ到着。大きい病院は某有名大学の附属病院なので、想像以上の大きい病院でした。それはもう駐車場の場所すらわからないぐらいに…。病院回りを1周してようやく駐車場の場所を把握し、2週目で駐車場へ向かいます。『渋滞がすごいな…』なんて考えながら駐車場に向かうと…。

 

『こちら最後尾。現在90分待ち』

 

そう、渋滞じゃなくて駐車待ちの行列だったんです。

 

しらすパパ『いやいやいや…。混むとは聞いてたけどあり得ないでしょ…』

 

私『時間的には1時間余裕あるけど間に合わないよね』

 

しらすパパ『ちょっと周りでパーキング探すわ』

 

渋滞を離脱してパーキングを探すことにしました。お金かかるけど仕方ないよね…。

 

そして病院回りを探すこと約10分。なんとか空いているパーキングを探して駐車します。

 

しらすパパ『病院まで歩いて10分ぐらいかかるかなー。さーや歩ける?』

 

私『ちょっとは歩けるようになってるから大丈夫だと思う…』

 

帝王切開から1週間。少しは歩けるようになっていたので『大丈夫でしょ』ぐらいの感覚でした。

 

車を降りて1歩、そして1歩、また1歩進んでいきます。50歩ぐらい進んだ時でしょうか。

 

私『うん、無理』

 

痛みで踏ん張れなくなった足はパントマイムのエレベーターのように崩れていきました。

 

↓あ、参考までにどうぞ↓

 

結局私だけ病院で降ろしてもらい、しらすパパは一人でパーキングから歩いてきてもらい、そしてロビーで待ち合わせすることにしました。

 

しらすパパと合流後、私は痛くて歩けないのでロビーで車いすを借り、いざNICUへ向かいます。


さーやとしらす、手術の説明を聞く

何とか約束の時間までにNICUへ到着。まずは小児科の先生が輸血の説明をしてくれました。

 

次に手術の説明があるということで、心臓外科の先生の到着を待ちます。

 

『きっと気難しそうな先生がくるんだろうな(勝手な想像)』と緊張した面持ちで待っていると、にこにこした気の良さそうなおじさん(失礼)が登場。

 

先生『お待たせしてすみませんね〜^^。早速手術の説明をしますね〜^^』

 

にこにこは継続したまま、なぜかすごーく楽しそうにお話してもらえました。

 

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『心臓はこのようになっています!』と手早く上の図のような絵を書いてもらって説明していただきました。

 

先生『動脈管は心臓の上の部分にあたります。心臓は体の左側に位置するので、まず左わき腹を切開します。そこから紐をいれて動脈管の下をくぐらせ、動脈管を紐でしばります。危険性は低い手術になるので心配はいりませんよ』

 

そこから合併症の話をしてもらい、同意書にサインをしました。

 

先生『それでは明日よろしくお願いしますね〜^^』

 

終始楽しそうに話されていた先生の説明が終わりました。楽しく話されていた影響か、私たちの不安は少し和らいでいたような気がしました。

 

そして翌日の23日。さつき(長女)の手術の日を迎えます。

 

↓動脈管についてまとめています↓

関連:動脈管開存症って何?


まとめ

子ども達より一足先に退院した私ですが、出産の痛みは早々にひくというものではないようです。まっすぐ立てないし、手すりの支えがないと歩けないし、歩けたと思ったら数歩しか進めないし。退院してすぐ外出することがこんなに大変だと思いませんでした。

 

私の話はさておき、この動脈管の手術を境にさつき(長女)とめい(次女)はしばらく別々の病院に入院することになります。これからしばらくは面会も二つの病院へ行き、母乳も二つの病院へ届けることになります。

 

さつき(長女)の手術も控えています。『母親として頑張らないと…!』これからますます大変になるゆかい家でした。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

次の記事では、手術の日の様子について書いていきます。


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